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2019年11月11日 (月)

龍光寺の庚申と馬頭(杉並区和泉)

井の頭線の北側にある龍光寺も古刹である。開創は承安2年(1172)とされ、平安時代末期は杉並区内でも稀である。和泉の地名の由来は、現在は細々と残る小さな貴船神社(和泉3-22-22)にあった泉に因むが、龍光寺は和泉最大の寺院である。

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境内には多数の石仏がある。入り混じっているので一つ一つ刻字を読んでいく。それらの中に庚申塔が2基、馬頭観音が1基あった。まずは笠付角柱型の大きな庚申塔。中央に「奉庚申供養二世安樂也」とあり、右に元禄14年(1701)10月の造立年、左には「武列多摩郡上荻久保村」とある。その下に三猿が彫られている。江戸時代の地名は270年もあるので途中で変わっていて興味深いが、上荻窪村は1590年に荻窪村が上下に分割されで出来た村。江戸時代には服部半蔵の知行地になった後、天領になった。

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次はかなり苔むしているが、図柄は見事な駒型の庚申塔。青面金剛に二邪鬼(これは極めて珍しい)、その下に三猿である。左の邪鬼の顔は欠損しているが、明らかに二邪鬼である。造立年は天保9年(1838)3月。史料によると南荻窪3丁目より移転とある。土台石には講中とある。

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馬頭観音は風化が極めてひどく、風雨にさらされたことがわかる。造立年は嘉永4年(1851)3月の角柱型で馬頭観音立像がシルエットとしてしかわからない。元あった場所は、和泉3丁目23というから、前述の貴船神社の辺りになる。

場所  杉並区和泉3丁目8-39

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