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2019年11月18日 (月)

郷土資料館前庭の石仏(中列)

郷土資料館の石仏群は大きく分けて前中後の三列になっていて、今回はその真ん中の列の石仏である。ここは郷土資料館なので、当然のことだが、これらの石仏石碑は昔からここにあったものではない。再開発に伴って撤去されここに引き取られてきたものである。元の場所は大きく分けて、久我山の大熊家関連場所、高井戸東、そして中央自動車道高井戸インターのある中ノ橋からの移設。

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まず一番左にあるのは駒型の馬頭観音。正面には「馬頭観世音」とあり、右側に明治4年(1871)と造立年がある。左には十月十八日と日付も入っている。側面には「上高井戸宿原 木下氏」とある。原という小字は現在の高井戸東三丁目、環八より東側で首都高4号線(玉川上水)より北側のエリアである。環八よりも西にあった天神社辺りも原だったようだ。 その辺りにあったのではないかと思われる。

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真ん中にあるのが石橋供養塔。 造立年は文化3年(1806)11月で、下部に「當村 念仏女講中 同和泉村 鉄五郎母」とある。右面には「右 所澤道」、左面には「左 府中道」とあり、永福あたりから移設されたという。当時は石橋を架けるとこういう石橋供養塔を立てることが多かった。ちょっとした水害で木の橋は流されてしまい、村人は石橋を架ける以上は永続的に壊れないでほしいという願いを込めたのである。

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石橋を架けるものが居れば、川に飛び込んで死ぬ者もいた。この供養塔は正面にある通り、「川中投身亡者供養塔」である。造立は明治26年(1893)4月15日とある。元の場所は高井戸西1-1の中ノ橋。 太宰治も玉川上水に入水自殺をしたが、他にも多くの人が同じことをしたのだろう。昔の玉川上水は背丈を遥かに超える水量と水深があったという。

場所  杉並区大宮1丁目20-8

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