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2019年11月21日 (木)

渋谷宮益坂御嶽神社の石仏(渋谷区渋谷)

渋谷の宮益坂は江戸時代からの古道で厚木街道(大山街道)である。江戸時代の切絵図では坂下部分が宮益坂、上の方が富士見坂と書かれている。当然ながら坂上から富士山が見えたはずである。現在の御嶽神社は郵便局の脇にあるが、江戸時代には御嶽権現とあり、同じ場所に別当学宝院とある。明治維新の廃仏毀釈で寺は消えたのだろうか。明治3年には明治天皇が駒場野の練兵天覧行幸の際に往復この神社で休憩している。その段階では寺はなかった可能性がある。

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宮益坂の御嶽神社はビルの中庭のような境内になってしまった。賑やかな渋谷の街の中で、静かな雰囲気を味わえる希少な場所でもある。江戸時代の宮益坂は階段坂でとても急な坂だった。現在の宮益坂は均されて階段などないが、この神社の階段はかつての土地の標高を示しているのではないかと思われる。その神社の階段を上ると正面に拝殿、左に宮益不動尊がある。この不動尊の堂宇の中に3基の石仏が祀られている。

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右にあるのは供養塔で勢至菩薩立像が舟型光背型の石に彫られている。造立年は不詳。この供養塔は月待の供養塔。左にあるのは舟形光背型の庚申塔。青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄である。造立年は延宝辛酉とあるので延宝9年(1681)3月。そして中央に高くそびえているのは大山街道らしく、不動明王像である。造立年などは不詳、しかし不動明王像があるということは、大山詣での人々はここで必ずお参りをしただろうから、江戸時代は相当な賑わいだったに違いない。

渋谷区渋谷1丁目12-16

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