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2019年12月19日 (木)

高木神社の庚申塔(目黒区南)

東京に立会川という川がある。京浜急行線に立会川という駅があるが、そのすぐ南を流れ東海道の浜川橋(泪橋)を下ると勝島運河から京浜運河に注いでいる。この源流は数年前に碑文谷池バラバラ殺人事件で無期懲役となった事件現場の碑文谷池である。無期懲役という曖昧で甘すぎる刑には個人的に反対なのだが、2016年のあの事件がここを訪れるとどうしても蘇る。そんな碑文谷池を水源とした立会川は、もう一つの水源である清水池からの流れを合わせて目黒区から品川区へ流れていく。

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碑文谷池から南に流れる立会川が環七を尾根とする台地のために流れを東に変えるところにあるのが碑文谷八幡宮で、そのすぐ南にあるのが高木神社である。高木神社の創建は不詳。江戸時代は第六天社として祀られ、明治になってから高木神社と改名した。おそらくパワースポット好きが好みそうな雰囲気がある。この辺りは江戸時代は碑文谷村子ノ神という集落であり、その守護神だった。

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境内には道標を兼ねた角柱型の庚申塔がある。造立年は天明8年(1788)12月、それ以来雨風にさらされてきたからかまるで甌穴のようになった角柱の頂上部分が凄い。この庚申塔が別名「子ノ神庚申塔」と呼ばれるのは、子ノ神集落の人々が護ってきたものだからである。塔の上部に東西南北が彫られており、北面は「武州荏原郡 庚申講中 碑文谷村」と上半分、「目黒 仁王尊 道」と下半分にある。東面は「品川 大森 道」、南面は「丸子 池上 新田 道」、西面は「東 品川 大森 道」とある。

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しかしこの頂上の甌穴はどうやってできたのか想像が膨らんだ。甌穴のようにそこにあった石が広げたということはないだろう。樹木から落ちる雫が削ったとも思えない。ごくまれにこういう石仏石塔があるが、謎である。

場所  目黒区南2丁目1-40

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