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2019年12月 7日 (土)

観音寺の石仏(世田谷区宇奈根)

宇奈根の観音寺は東名高速道路のすぐ南側にある。東名で多摩川を渡る直前に左にわずかに「岩井園芸」の屋上看板が見えるが、観音寺はその隣り。しかし境内に入ると騒音はあまり聞こえない。意外に感じた。観音寺の創建は永生年間(1504~1521)に小田原で開かれた円正寺がもと、当時は北条が小田原城におり城下にあったが火災で焼失し、元亀年間(1570~1573)に宇奈根に移ってきた。

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北条氏の家臣で荒井という人物がおり、結局宇奈根に帰農した形だったのだろう。その後1590年に北条氏は秀吉に小田原城を攻められ滅亡しているので、荒井家としては正しい選択だったのではないだろうか。観音寺山門脇にある大銀杏は樹齢500年と言われるので、その辺の時代の流れも70歳から100歳の頃に見ていたに違いない。

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山門を入って右側にいくつもの石仏が並んでいる。その中央にあるのが2基の地蔵菩薩。左の丸彫地蔵菩薩立像は台石の文字が風化で消えてしまってほとんど読めないので年代も不明である。武州宇奈根村というのがかろうじて読める。右の舟型光背型の地蔵菩薩立像は、寛文12年(1672)8月の造立。念仏講中によるものである。台石に宇奈根とある。

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地蔵の左にあるのが3基の石仏。左は、駒型の庚申塔で、青面金剛、三猿の図柄。造立年は宝永7年(1710)9月。そのとなり、中央の像は摩滅がひどく何もわからない。右の庚申塔はおそらく笠付の角柱型だったのが笠が無くなってしまったようである。青面金剛と三猿は分かるが、文字はほとんど読めない。

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地蔵の右側には供養塔が2基。左側は明治31年(1898)10月造立の敷石供養塔。右側は平成15年(2003)の敷石供養塔。左側の明治の供養塔の施主は荒井倉吉、右の施主は荒井一男。北条氏の家臣だった荒井氏の末裔であることは多分間違いないだろう。明治の供養塔には「為先祖代々一切精霊」とある。

場所  世田谷区宇奈根2丁目24-2

 

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