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2019年12月22日 (日)

碑小前の庚申塔(目黒区碑文谷)

東京の町名はほぼ悪化の一途を辿ってしまい、かつての土地の名前が消えてしまったケースが極めて多い。「丘」「台」をつければ不動産価値が上がるなどと愚かなことを考えるので、窪地なのに自由が丘などと付けてしまう。そんな中でバス停と小学校名は土地の記憶を残していることが多く、いつも有難く思っている。23区内でいうと、港区の笄(コウガイ)小学校、目黒区の菅刈(スゲカリ)小学校、そしてこの碑(イシブミ)小学校などは何百年あるいはそれ以上の歴史をまとった名前である。

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目黒区立碑小学校は円融寺と並んでいる。円融寺の東門を出て右に小学校があるが、すぐに屋根付きの石塔が見つかる。「碑小前の庚申塔」と呼ばれている。しかしかなり新しいもののようである。見ると角柱型の文字塔庚申塔で、昭和31年(1956)7月の再建とある。私とほとんど変わらない。

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以前の庚申塔は、円融寺の東門の前にあったというから、10mも動いていないはずである。たった60年余りで記録がないのが残念でならない。僅かに目黒区の資料には、道標を兼ねた庚申塔があったとある。この辺りの昔の地名は「門前」という。円融寺の正門は南側だが、東門周辺の方が遥かに民家も集まり利用者が多かったのではないだろうか。

場所  目黒区碑文谷1丁目18-2

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