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2019年12月29日 (日)

鷺宮5丁目の庚申と地蔵(中野区鷺宮)

鷺宮4丁目の庚申塔で旧新青梅街道と交差した鷺宮村から井荻村への古道を南西に進むと、5分ばかり歩けばまた同じように辻に植込みがあり野仏がある場所に差し掛かる。そのまま進むと西武鉄道の変電所のある辺りに出るが、そこには昔、西鷺ノ宮駅があった。昭和17年(1942)に開業したが、2年後に閉鎖され、9年間放置された後、昭和28年(1953)に正式に廃止されたという謎の駅である。

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ブロック塀が凹んだところに庚申塔と地蔵が並んでいる。塀の向こう側は今となっては希少な畑になっている。近づいてみると右側の地蔵は上半身がない。台石は道標を兼ねているらしいが左面は塀側で読めず、右面は「いくさ道」(井草道)とある。造立年は元文3年(1738)11月。「奉供養地蔵尊 講中36人  武州多麻郡上鷺宮村」とある。

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むかって左側の庚申塔は本来は唐破風笠付の角柱型だが、笠は後ろに落ちていた。青面金剛像に邪鬼・二鶏・三猿の図柄で、造立年は延享2年(1745)10月である。「奉造立庚申尊像  武刕多摩郡上鷺宮村 講中28人」とある。この辺りはかつては大境と呼ばれた地域で、妙正寺川流域の水田と台地の畑を使った農家が散らばっていた。開発されたのはほんの数十年前の高度経済成長期、それまではのどかな農村風景だった。

場所  中野区鷺宮5丁目11-1

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