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2019年12月 8日 (日)

野川沿いの庚申塔(世田谷区宇奈根)

野川沿いに2基の庚申塔がある。なぜこんな場所にポツンとあるのだろうと不思議に思う。場所は東名が頭上を越えるところから200m程野川の右岸を下流に進んだところ。宇名根は標高でいうとほぼ15m~16m、近くの多摩川の平水時の水面標高が9m~10mなので、5mも水位が上昇すると越水して水害に見舞われる可能性がある。またこの辺りの多摩川はここ数百年の間だけでも大きく右岸左岸に流れが変わっている。その為に川崎市にも宇奈根という地名がある。元は陸繋ぎだったのが多摩川の氾濫で東京と神奈川に分かれてしまったのである。

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屋根も堂宇もないがなかなかいい彫りの庚申塔である。左側は高さが71㎝程、駒型で青面金剛像に邪鬼・三猿の図柄、造立年は享保2年(1717)11月である。武州多麻郡世田谷領宇奈根村講中十五人の銘がある。右側の庚申塔は57㎝とちょっと小柄の駒型、こちらは青面金剛像のみ(日月はあり)で造立年は寛政2年(1790)2月。武州世田谷領宇奈根村の銘がある。

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何故ここに庚申塔があるかという疑問に一つの答えは筏師の話にあった。多摩川は度々氾濫を起こし、流れを変化させたが、野川が合流するこの辺りはワンド(入江)になることが多く、流れが淀む場所だったという。奥多摩や青梅から筏を流してくるとなぜかこの辺りの淀みに捕まってしまうことが多く、しばしば浅瀬に乗り上げて動かなくなってしまうことから「筏の昼寝場」と呼ばれたという。この庚申塔の場所はまさにその筏の昼寝場にある。ということはこの界隈に石仏を残したと言われる筏師たちが絡んでいる可能性が極めて高いということ。だから昔から家のほとんどないこの場所に庚申塔が立っているのだと、一人合点している。もちろん史料などの証拠はないが。

場所  世田谷区宇奈根3丁目13-3

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