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2019年12月 4日 (水)

杉並田端村の延命地蔵(杉並区成田西)

諸行無常、明治以降多くの寺が消えていった。街の一角に残る広めの墓地の多くはかつてはそこに寺があり、その寺の墓所だったところである。坂道を行脚していた時、世田谷区の野毛に城音寺坂という坂があった。あたりを歩き回ったが城音寺という寺はない。ただ100坪ほどの墓所が残っていた。世田谷区だけでもこういう場所は多い。この場所もまたかつては全福寺という寺があり、それが廃寺になり、周辺が宅地造成されて、現在は30坪ほどの墓所が残り、延命地蔵の周辺はもうすぐにでも宅地になってしまいそうである。

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手前の空き地の中にぽつんと立つ堂宇の中に延命地蔵がある。ここにあったという善福寺は大正3年(1914)に廃寺になり、高井戸東にある松林寺に合寺された。それ以上の情報は分からない。善福寺川をはさんで北側には田端神社がある。田端神社は天神社である。おそらく田端神社と全福寺は田端村の中心として善福寺川の南と北の地をまとめていたのだろう。

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堂宇の中に立つ延命地蔵尊は昭和5年(1930)2月と新しいもの。当然寺が無くなってから檀家によって創建されたものである。台石には「昭和庚申の春、檀信徒貧道と相諮りて新たに延命地蔵尊一体を建立する(後略)」とある。何となく哀しくも頼もしい庶民の心意気が伝わってくる。400mほど東にある宝昌寺は成宗村の寺院である。ここが消えると田端村の痕跡は田端神社だけになりそうだ。

場所  杉並区成田西3丁目15-4

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