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2019年12月11日 (水)

大蔵氷川神社の庚申塔(世田谷区大蔵)

世田谷区大蔵は南北に長い地域で、北は小田急線祖師ヶ谷大蔵駅の少し北から、南は多摩川沿いまで。昔は環八の西側から南北に延びる横根村という村があったが、明治8年(1875)に大蔵村に併合された。横根村の住民の一部はかつて千歳船橋駅付近に開墾のために移転したので、千歳船橋の稲荷神社の氏子はいまだに横根睦という会である。大蔵村に氷川神社が出来たのは暦仁元年(1238)で江戸氏が勧請したと伝えられる。

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大蔵村の鎮守様である氷川神社は野川と仙川が形成した国分寺崖線の突端にある。地形はまるで岬のようである。神社の階段の脇にあるのが庚申塔の堂宇でなかなか立派なもの。右の2基が庚申塔、左の1基は供養塔と思われるが不詳。右端の庚申塔は駒型で高さが62㎝と小さめ、青面金剛像に三猿の図柄である。大蔵村講中の銘がある。造立は享保17年(1732)11月。

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中央の庚申塔は文字のみの駒型角柱の文字塔で極めてシンプルなもの。造立年は文化7年(1810)11月で大蔵本村講中の銘がある。ただどうも台石は当時のものだが上部は違うような気がしてならない。ちなみに大蔵村の本村は永安寺と氷川神社の周辺の小字。明治時代まではこの辺りが最も人口が集まっていた。さて、謎の左端の石塔だが、折れたのか最初からこの高さなのかはわからない。正面には「法界」とあり、寛延2年(1749)10月と彫られている。

場所  世田谷区大蔵6丁目2-6

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