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2020年1月26日 (日)

東福寺の諸仏(中野区江古田)

真言宗豊山派の東福寺は正式名を金峯山世尊院東福寺という。創建年代は不詳だが、天正年間(1573~1593)頃に江古田村の村民が始めたという言い伝えがある。江戸時代には鷹狩りに来た三代将軍家光も休憩に立寄るなどし、八代吉宗の御膳所にもなっていた。豊山派の総本山は五代綱吉の母桂昌院を祀る護国寺だから江戸時代は手厚い保護を受けて来たのだろう。

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山門を入ると左が斜面になっており丘の上が墓所、その斜面に数多くの石仏が並んでいる。もっとも目立つのが六地蔵で、その左脇に控えるのがこの地蔵菩薩立像だった。造立年は寛延4年(1751)であるが、光背の中に葵紋が描かれている。寛延年間というと九代家重の頃で、徳川家との関係がこの図柄になったのであろう。

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六地蔵の後ろには古そうな角柱型の庚申塔が立っている。独特のデザインで下部に細長い三猿が描かれている。側面には蓮の葉の浮彫があり、青面中央には「奉寄進庚申供養安樂也」とある。造立年は寛文8年(1668)11月で相当古い初期の庚申塔である。

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更に斜面を上ると大型の馬頭観音と思われる、唐破風笠付の角柱型石塔があった。造立年は寛保2年(1742)9月で、馬頭観音としてはもっとも古い時代のものかもしれない。側面に「武刕多麻郡中荒井村」と書かれている。馬頭観音のようだが三面上の馬頭は欠損している。平成時代に境内をきれいにしてとても明るい寺院になった。中荒井村は江戸時代から大正時代まであった村で現在の豊玉(上、北、中、南)にあたる。

場所  中野区江古田3丁目9-15

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