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2020年1月 5日 (日)

鷺宮1丁目の庚申塔(中野区鷺宮)

鷺宮周辺には野仏が多い。それだけ江戸時代の民間信仰が盛んで、それを昭和まで守ってきた人々がいるということだろう。新青梅街道ルートの古い街道は都立家政駅の北、都立家政入口バス停の辺りで二股になり、北側は江古田・丸山へ、南側は野方への道になっていた。南側の道沿いにも野仏が残っている。この南側の道は江戸時代は雑司ヶ谷道あるいは南中の道と呼ばれていたようだ。

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分岐点からすぐ、民家のような場所に手水鉢や庚申塔がある。元々この庚申塔は分岐点にあったという。正面には「青面金剛」と大きく彫られているこの庚申塔、実は極めて珍しい物。正面は「天下泰平国家安穏 青面金剛 西」とあるが、右側には「観世音菩薩 なかのみち 南」、左側には「上鷺宮村 馬頭観世音菩薩 そふしかやみち 北」、裏には「寛政12年(1800)庚申11月 上鷺宮村 願主 大野一郎右衛門 大野浅右衛門 当所17人講中 東」とある。1基の庚申塔が、馬頭観音と聖観音を合わせているレアな石仏であまり例を見ないものである。

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庚申塔の右側にある小さめの角柱には青面金剛像らしい浮彫がある。実は何の塔なのかわからない。記録も資料も何もないが、青面金剛の上には不動明王のような炎模様が描かれている。民間信仰の面白い点はこういうよく分からないものがある事にもある。江戸時代の民衆が何を考えどういう生活をしていたのか、そんなことに思いを馳せると作り掛けや中途半端な石仏があってもいいような気がしてくる。

場所  中野区鷺宮1丁目30-22

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