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2020年1月 4日 (土)

白鷺2丁目の庚申塚(中野区白鷺)

鷺ノ宮駅から中杉通りを南へ500mほどで次のバス停である白鷺二丁目がある。バス停のすぐ先に変則的な五差路があり、そこに庚申塚がある。東西に交差するのは若草通りという道。高度成長期以前はこの辺りの住居表示は鷺沼2丁目、さらに大正時代に遡ると中杉通りの東は宮前、西は原という地名であった。またこの五差路は以前は庚申前と呼ばれていた。

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変則五差路の三角地帯には5基の石仏が並んでいる。花が飾られ今でも地元の人々に守られ親しまれていることがわかる。明治20年代に流行り病があった時にここにお祈りをしてご利益があったと伝えられる。いまだに病気治癒の祈願をする人がいるという。戦後、子供たちがいたずらして倒したりしていたが、昭和30年頃から整備され、地元の旧家の人々が管理をしているらしい。

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右から紹介すると、まず右端は舟型の馬頭観世音、造立年は明和3年(1766)3月というから馬頭観音としては相当古いものである。施主は菊田孫右衛門とあり、奉千老供養馬頭 武刕多摩郡下鷺宮村講中18人の銘がある。右から2番目は駒型の庚申塔。青面金剛、邪鬼、三猿の図柄で、造立は延喜3年(1746)10月。中野区の資料によると「奉造立庚申講中二世為安樂 武州多摩郡鷺宮村講中15人」とあるらしいが文字が見当たらなかった。

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中央の石仏も庚申塔。駒型で青面金剛・二鶏・三猿の図柄、造立年は正徳2年(1712)10月。「奉庚申待二世安樂所 願主 同行8人敬白」とある。ここの石仏の中ではこれが最も古い。

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左から2番目は地蔵菩薩の立像。「南無阿弥陀仏 武刕多摩郡下鷺宮村 奉造立地蔵菩薩 念仏講中二世安樂所 講中21人」とあり、造立年は宝暦3年(1753)3月である。そして左端は聖観音像で、これは新しい。大正8年(1919)9月とあるので丁度100年前のものである。これだけ並んでいるとなかなか壮観で、しばし拝ませていただいた。

場所  中野区白鷺2丁目35-12

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