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2020年1月16日 (木)

北向地蔵(中野区野方)

南向地蔵があれば北向地蔵もある。下北沢村の南の代沢村には東西南北の地蔵があった(現存は2地蔵のみ)。野方第二公園脇の南向地蔵から北上すると妙正寺川を渡る手前に北向地蔵がある。この辺りは大正時代まで三谷という地名であった。その地名は今では妙正寺川に架かる三谷橋とこの地蔵の南にある三谷稲荷にのみ残っている。

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屋根付きの堂宇には馬頭観音と地蔵があり、手前には如意輪観音像がある。馬頭観音は享和2年(1802)2月の造立。馬頭観音なのだが、「奉巡礼西国坂東秩父百箇所供養 為二世安樂也」とある。これは三谷の人たちが西国三十三ヶ所、坂東三十三ヶ所、秩父三十四ヶ所の観音霊場巡礼を成就した記念に建てられたものらしい。

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右側の地蔵はあちこち修復の跡があり、文字は欠落して半分ほどしか読めない。造立年も消えていて読めないが、下沼袋の銘が読めた。北を向いた地蔵はご利益があると信じられているのはここに限ったことではないが、ここの北向地蔵も遠くからお詣りに来る人がいるという。手前にある如意輪観音像も文字部分が削れていて時代等ほとんど認識できない。小字だった三谷の人々が北の塞ノ神として祀った石仏が南北で残っているのはなかなか貴重である。

場所  中野区野方2丁目29-11

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