« 上高田5丁目の庚申塔(中野区上高田) | トップページ | 上高田の馬頭観音①(中野区上高田) »

2020年1月31日 (金)

東光寺の庚申塔(中野区上高田)

中野区上高田の東光寺も真言宗豊山派の寺院。日照山阿弥陀院東光寺が正式名称。創建年代は不明だが、江戸時代初期と言われている。妙正寺川のほとりから少し高くなった台地の斜面にあるので、墓所や境内は傾斜地が大部分になっており、山裾の雰囲気がある。東光寺には以前に上高田3丁目5-1にあった石仏が移されている。

Cimg3448

元の場所は現在の上高田本通り沿いで、江戸時代から大正時代まではこの周辺が上高田村でもっとも民家の多い地域であった。上高田本通りも上高田中通りも江戸時代から村の幹線だったのである。移設されたのは昭和の後期らしいが、3基の石造物が移された。上の写真は舟型光背型の聖観音立像で台石は道標になっている。造立年は天明3年(1783)10月で、「奉供養百箇所聖観世音為二世安楽」とあるので、坂東秩父西国百カ所廻りの成就記念だろうか。資料によると、この聖観音像の下には馬頭観音が埋められているらしい。

Cimg3451

隣りには唐破風笠付角柱型の大きな庚申塔があり、これも同所からの移設。総高は2mを超える。造立年は元禄10年(1697)11月。青面金剛像、邪鬼、三猿に二鶏が描かれ、台石の側面に移設の経緯が書かれている。それによると聖観音像と庚申塔は284番地にあったものを昭和5年9月、府道(当時は東京府)回収に付き移設したと、細井萬五郎銘で彫られている。いったん細井家墓所に移した後、平成2年に現在の場所にさらに移されたらしい。

Cimg3449

旧所在地には道標の角柱も建っていたがそれも移設したらしい。聖観音像の後ろに立っている写真の石塔がそれだろうと思われる。文字は摩滅していて読みにくい。「あらいやくしみち」と記されていたようだ。聖観音像の下に埋められているという馬頭観音の石だが、前述の細井家に由来する。細井家の馬が日露戦争に参加した折に死亡したので、馬頭観音を造り供養していたが、移設した時に聖観音に合体させたという経緯のようだ。昔は上高田村にはたくさんの馬がいらたしく墓所の旧家の墓石の傍にも馬頭観音が祀られていたりして興味深い。

場所  中野区上高田5丁目21-5

|

« 上高田5丁目の庚申塔(中野区上高田) | トップページ | 上高田の馬頭観音①(中野区上高田) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 上高田5丁目の庚申塔(中野区上高田) | トップページ | 上高田の馬頭観音①(中野区上高田) »