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2020年2月17日 (月)

堀ノ内地蔵堂①(杉並区堀ノ内)

堀ノ内村は明治時代はのどかな農村であった。地域としては現在の杉並区堀ノ内を中心に、西は大宮八幡から松ノ木を経て五日市街道へ伸びる古道まで、東はほぼ現在の環七迄が村域だった。村の中心(本村)は現在熊野神社がある辺りで、その熊野神社のすぐ東に地蔵堂がある。明治時代の地図にはここに地蔵堂があったという地図表記があるので、おそらく江戸時代からあったものだろう。

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なかなか立派で大きな地蔵堂で境内も広い。堂宇に入ると正面に大型の石仏が5体並び、両脇には比較的小さめの石仏が並んでいる。今回は正面の5体について見てみたい。

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左から地蔵菩薩立像、聖観音像、地蔵菩薩立像、庚申塔、庚申塔と並んでいる。一番左の丸彫の地蔵菩薩立像は本体のみで高さが1m程ある。造立年などについては不明。左から2番目は舟型の聖観音像立像。右側に「念佛講中男女廿四人二世安楽所」とあり、左には造立年がある。元禄13年(1700)10月のものである。

中央(下の写真では左)も丸彫の地蔵菩薩立像で台石の文字がほとんど消えている。資料によると、安永2年(1773)に造立されたものを、万延元年(1860)8月に再建している。「天下泰平 武刕多麻郡 奉納大乗妙典六十六部日本回國」とあり、左側には「当邑 住石工 井上某」の銘がある。

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背の低い駒型の庚申塔は享保元年(1716)10月の造立。青面金剛像に三猿の図柄になっている。一番右は、立派な笠付の角柱型庚申塔で、元禄13年(1700)10月造立だが、万延元年(1860)8月再建とあるので、地蔵菩薩立像と同じ時期に同じ講中で再建したものではないかと思う。また、左から2番目の聖観音像と一番右の笠付庚申塔の造立年月が同じなので、この二つは元禄時代から同じ場所にあったのだろう。

場所  杉並区堀ノ内2丁目8-10

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