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2020年2月25日 (火)

西野川の石仏群(狛江市西野川)

現在多摩川の支流野川は成城学園前の国分寺崖線の下を直線的に流れて、2019年の台風で越水した二子玉川の兵庫島に流れている。しかし本来の野川は湾曲した流路だった。調布市との境にある小金橋から野川は南流し、狛江駅脇を流れて世田谷通り筋に東流して現在の流れに戻っていた。この野川が南流する辺りは江戸時代は覚東村であったが、江戸時代後半では合併して小足立村となった時代もあったようだ。

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南北に走る八幡通りと小足立通りの丁字路に地蔵と石塔がある。左の2基は地蔵菩薩、右は庚申塔と馬頭観音である。このうち一番大きな地蔵は簑和田墓地から移したらしいが、その簑和田墓地の場所が分からない。北西に小さな公園でみのわだ児童公園というのがあるのでその辺りだろうとは思う。

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大きい方の地蔵は高さが107㎝ある。寛保元年(1741)のもので、施主は富永氏とある。左側の小さい方の地蔵菩薩立像は45㎝の高さで、寛延4年(1751)の造立。多麻郡小足立村の銘があるので、1750年頃は小足立村だったのだろう。

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右側にほぼ同じ大きさの角柱型の石塔がある。左は庚申塔、右は馬頭観音である。どちらも大正10年(1921)4月の造立で、施主も富永広吉と同じなので、富永氏が同じ時に建てたものだろう。両方とも文字塔である。左の小さい方の地蔵も富永氏だったので調べてみると、小足立の大正時代の区長さんが富永銀之助という人だった。昭和になってから区長は富永一三氏になっているので息子さんだろう。それ以前の明治時代の富永勇次郎氏は狛江村の助役になっている。

場所  狛江市西野川2丁目27

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