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2020年2月22日 (土)

水神前の庚申堂(狛江市元和泉)

多摩川の左岸である世田谷区と大田区に江戸時代から農業用水、工業用水をもたらしてきた六郷用水は、狛江市元和泉で多摩川から取水されていた。掘削を命じたのは徳川家康で慶長2年(1597)から16年かけて喜多見の代官小泉次太夫吉次にこの灌漑用水を掘らせた。昭和40年(1965)まで用水は開渠だった。

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取水していた場所(上の写真の中央右)周辺には現在も松林があるが、ここには玉翠園という鮎などの川魚を出す高級料亭があった。都心から金持ちが二子や狛江にリゾートにやってきていたのはついぞ100年ほど前のこと。玉翠園の開業は明治39年(1906)で昭和14年(1939)まで、彼らは多摩川に屋形船を浮かべ遠く富士や丹沢を愛でながら贅沢な時を過ごしたのだろう。

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そんな歴史を想起しながら庚申堂へ行くとこれが監獄のような造りになっていて驚く。実はこうなった経緯が中にある説明板に書いてあった。最初は昭和40年(1965)頃のことで、庚申様がある日盗難に遭ってしまった。数十日後、川崎市生田の田んぼで庚申塔が見つかり無事取り戻した。しかしその半年後、再び盗難に遭ってしまったのである。

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それからまた半年が過ぎたころ、狛江市内の小足立の野川用水の中にこの庚申塔が捨てられているのが見つかった。それを引き取りに行った際に、近くの御台橋のあたりで別の聖徳太子像も発見したので、ここに共に祀ることにしたらしい。二度の盗難に懲りてこのような厳重な牢獄のような堂宇になってしまったと書かれている。

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上の写真の庚申塔は寛政6年(1794)11月造立の角柱型で、青面金剛像、邪鬼、三猿が描かれており、武州多摩郡世田谷領和泉村講中19人の銘がある。一方の御台橋で見つかった太子像については出処は不詳なのが残念。しかし罰当たりな輩もいたものである。一体何の目的で盗難したのだろうかと思うが、講中の名前などが彫られたものは売ることもできないし、自分だけのものにしてニヤニヤして眺めるしかないことに気づかなかったのだろうか。

場所  狛江市元和泉2丁目36

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