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2020年2月16日 (日)

西方寺の石仏(杉並区梅里)

杉並区梅里は丸の内線新高円寺駅の南一帯。青梅街道と五日市街道が分岐する南側には多くの寺院が集まっている。その中でも広いのがこの西方寺。江戸時代の初期、元和3年(1617)に四谷追分に開山。現在の場所は新宿大ガードの東側のヤマダ電機LABIとその南側一帯を境内としていた。大正9年(1920)に道路拡張で移転を余儀なくされ現在の場所に移った。

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本堂は極めて立派なもの。その手前右一帯が墓所だが、墓所の入口に多くの石仏が置かれている。墓石も含まれるが、地蔵山と言われるほど多くの石仏が所狭しと並んでいるのである。

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上の写真の左隅にある丸彫の地蔵立像は俗称を「雨降り地蔵」と呼び、正徳2年(1696)2月の造立。その右(写真中央)にある大きな自然石は文字塔で「大悲金剛」と書かれている。これも古く享和元年(1801)10月のものである。

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ここには様々な石仏があって探索していて飽きない。これは比較的新しいもので、昭和14年(1939)7月の馬頭観世音。「建主 千葉ヤス 再建」とあるので、もっと古いものがあったのを昭和14年に再建したのだろう。

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その近くには正面上部に如意輪観音座像を円形の窪みに彫った二十一夜塔がある。造立年は文化12年(1815)、二十一夜塔というのは月待塔のひとつで、大半が女念仏講中によって建てられている。月待講と念仏講が合体したような感じだったのだろう。二十一夜塔は概ね如意輪観音像が彫られている。

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地蔵山の中で最も古そうなのがこの如意輪観音座像である。造立年は延宝7年(1679)2月とある。かなり良い石材を使っているようで、尊顔もきれいである。ゼニゴケが多いがそれはきれいになる。

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本堂の裏手、西側の林の中にポツンとあるのがとても珍しい六観音石幢(せきどう)である。造立年は承応2年(1653)で、境内にあるもので最も古いかもしれない。普通六角石幢は六地蔵が彫られているものだが、これは六観音が彫られていて極めて珍しいものである。区の資料によると、聖観音像の下には「此一躰者 庚申為供養」と書かれているらしく、江戸時代初期の庚申講との関係が深いと思われる。

場所  杉並区梅里1丁目4-56

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