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2020年2月12日 (水)

秋津子育地蔵尊(中野区本町)

丸の内線新中野駅の南700m程、現在は路地だが、この地蔵尊前を東西に走る道は江戸時代前期からある古い妙法寺参詣道である。以前に書いた中野の象小屋前から、本郷氷川神社を通り妙法寺へ向かうと、氷川神社のすぐ西にこの地蔵尊がある。数坪の境内には5基の石塔があるが、基本すべてが墓石のようである。右から二番目の地蔵は指差し地蔵とよばれ、台石右の指差しの絵は妙法寺を向いているという話がある。

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上の写真の右に延びる道が古い参詣道で、この先の土地の古い小字が薬師堂という名前。この地名は元応元年(1319)には既にこの地にあったという薬師如来の堂宇に由来する。ただし薬師堂は明和年間(1764~1771)に焼失し、薬師如来は福寿院(秋津子育地蔵尊の東)に現在も秘仏として保存されているらしい。薬師堂という地域は江戸時代前期に単独の村になっていたようだが、40人ほどの小村だったので、後の時代には周りの村に含まれてしまっている。

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中央の地蔵は模造して昭和24年(1949)に新しく建てられたもので、左端の首のない黒っぽい座像が昔からある秋津子育地蔵尊らしい。しかし新しい地蔵の台石に戒名と没年が彫り直されており、天保9年(1838)、慶応元年(1865)、文久3年(1863)、などに混じり昭和の年号も複数見られる。秋津子育地蔵尊と呼ばれるのかは、この地蔵の再建に尽力した津田氏の母が秋元家から津田家に嫁いだ関係で、頭文字を取って秋津と名付けたもの。

場所  中野区本町5丁目21-9

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