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2020年2月11日 (火)

鍋屋横丁のお題目石(中野区本町)

中野区の青梅街道に鍋屋横丁なる場所がある。通称「鍋横」、江戸時代に青梅街道から妙法寺に参詣する参詣道の分岐点として栄えた。妙法寺への参詣は江戸時代前半には中野坂上の少し新宿寄りから、現在の本一通りを通る道が元々の参詣道だった。途中には象小屋があり、江戸名所図会には「中野に象厩(きさや)を立てて飼っている」と書かれている。この象は享保13年(1728)に中国人が吉宗に献上する為にベトナムから連れてきたもので、長崎から江戸までほとんど歩かせたらしい。

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江戸でしばらくの間浜御殿(浜離宮庭園)で飼われていたが、後に中野村の源助に下げ渡され、この辺りで寛保2年(1742)まで生きていた。そのルートが江戸時代後期には鍋屋横丁からの道ができてそっちがメインルートになってしまった。その新しいルートに建てられたのがこの道標供養塔である。

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妙法寺側には「ほりの内」、反対側には「妙法寺十八丁」とある。この石塔が建てられたのは享保3年(1718)だから、象小屋があった時代は既に青梅街道・鍋屋横丁ルートがメインだったことになる。中野村では宝仙寺が強大な勢力を持っていたが、堀之内村の妙法寺も日蓮宗の本山のひとつとして人気が高かった。江戸時代のこういう大きな寺院は現代でいうテーマパークなのである。

場所  中野区本町4丁目38-18

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