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2020年2月29日 (土)

砧の榛名山供養塔(世田谷区砧)

世田谷区から北東にどこまでもまっすぐに伸びている道路がある。荒玉水道道路という。多摩川の水を喜多見にある砧浄水場から地下水道管を通して、中野区の野方と板橋区の大谷口に送る目的で大正時代に造られたもの。現在も水道管上に10㎞の直線道路が残っていて、交差点には杭があり大型車が入れないようになっている。砧浄水場から2.8㎞北東に進んだあたりが砧5丁目で、その路傍に変な石塔が立っている。

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大きなケヤキの切り株の先の電柱に高さ70㎝ちょっとの石柱がくっついている。しかし電柱の方がずっと後の時代に立てられたもので、石柱は榛名山供養塔で大蔵邑(村)講中が文政6年(1823)2月に立てたものである。白いものは神ではなく紙垂(しで)、御払いの時に神官が振る棒(大幣=おおぬさ)の先に付いている白い紙と同じもので、菜箸のような大幣につけられて電柱との間に挟んであった。なおこの辺りの古い地名は山野といい、谷戸川の周りだけは水田だったが、それ以外は畑と武蔵野の林だった。

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文字は半分以上消えかけているので区の資料を紐解く。この石柱は道標になっていて、正面は東・江戸道、裏面は西・登戸道、右面は北・高井戸道、左面が南・二子道と書かれている。石工は二子村の小俣松五良とある。江戸後期になると大山講、富士講、御嶽講、榛名講など様々な山岳信仰が行われていた。富士講、大山講のものが多い中で、世田谷区では榛名講は珍しい。

場所  世田谷区砧5丁目10

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