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2020年3月 3日 (火)

上ノ台の庚申塔(世田谷区成城)

住居表示は成城だが場所は調布市入間町に近い。東京都立総合工科高等学校の南西の大型マンションのそばの丁字路に堂宇がある。高校の辺りから東側を向臺とよび、西側を上臺と呼んだのは明治時代。大正時代になると向臺は西臺となり、上臺は山野(やまや)と呼ばれるようになった。砧にも山屋(山野)があり、この地名は川から上った台地にしばしば付けられるように思われる。この明治時代の地名で上臺(かみのだい)というのが今もこの庚申塔の名に残っているのである。

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堂宇内には2基の石仏が祀られている。左側が庚申塔、右側が聖観音像である。世田谷には意外に聖観音像(観世音菩薩)が多いように思う。聖観音像を祀った人々は多くが女念仏講中のようで、やさしい姿形から江戸時代は女性に人気だった。墓石にも聖観音像を彫ったものが多いように思う。実際にこの聖観音像もそういう信心から建てられたのではないだろうか。

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どちらの石仏も造立年は同じで、寛政4年(1792)11月とある。同時に造られたようだ。左の庚申塔は、日月・青面金剛、邪鬼、三猿の図柄。右の聖観音像(立像)には「為先祖代々両親菩薩」とあり、庚申塔と同じく彫られているのは「武刕多摩郡世田ヶ谷領喜多見村 願主 宮川由右衛門」という文字。おそらく当時の名主あたりが建てたに違いない。この辺りは喜多見村の時代もあれば、下祖師ヶ谷村の時代もあるようだ。

場所  世田谷区成城9丁目27-7

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