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2020年3月26日 (木)

延命寺の庚申塔(渋谷区千駄ヶ谷)

延命寺は見た目は民宿のような感じの寺院である。場所は原宿駅の皇室御用達宮廷ホーム沿いに千駄ヶ谷方面に歩いていくと2分ばかりで着く。訪問時は勝手口の呼び鈴を鳴らし、住職に挨拶をして庚申塔群の場所を教えていただいた。寺の建物の脇をすり抜けるように進むとこじんまりとした墓所があり、手前の塀脇に沢山の石仏が並んでいる。

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よくぞ廃れただろう石仏を大切に保存していただいたものだとありがたくひとつづつ拝んでいった。区内では豊栄稲荷に次ぐ庚申塔の宝庫と言える。写真の左側列のほとんどが庚申塔で、右側は諸仏である。極めて貴重な文化財と言えるだろう。

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左から順に庚申塔を紹介したい。まず、上部が欠損しているが、舟型の庚申塔で高さは58㎝。デザインはシンプルに三猿のみで、貞享3年(1686)11月の造立。「庚申供養為二世安楽 青山久保片町」とある。青山久保町というのは外苑前駅の交差点から秩父宮ラグビー場あたりまでの江戸時代の町名である。二番目の庚申塔はきれいな舟型でこれも三猿のみ。造立年は延宝8年(1680)8月、「奉供養庚申」と彫られている。いきなり1600年代のものが続いた。

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その次、三番目は駒型で今度は青面金剛像のみ(日月は有り)の図柄。宝永5年(1708)9月の造立で、この年代になると青面金剛の存在が大きくなる。下総国〇〇郡とあるが、けもの偏なので「猿島郡」だろうか、よく分からない。施主岩田勘右衛門とあるが不詳。四番目は彫りが深い。年代は宝永7年(1710)で、青面金剛像・三猿の図柄。下部時人名は6人ほどあるが地名はない。

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碁盤目は角柱型の青面金剛像だが、三面に一猿ずつの三猿という珍しいタイプである。右面に造立年があり、延宝8年(1680)と書かれている。デザインの変化が大きかった時代である。六番目は駒型でここでも最大の87㎝のもの。青面金剛像・三猿の図柄で、原宿村の銘があるので地元である。造立年は享保11年(1726)10月である。

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七番目が庚申塔の列の最後。これはまた珍しいもので、三面に一猿ずつの三猿というタイプ。渋谷区ではこれが唯一。青山久保町とあるので、外苑前駅周辺である。年代は延宝6年(1678)9月で、ここでは一番古いものである。江戸時代青山久保町にはたくさんの寺があったが、今でも梅窓院、高徳寺など6寺ほどある。外苑前駅周辺は寺地、武家地、町人地が入り混じったエリアで江戸時代も賑やかだったようだ。

場所  渋谷区千駄ヶ谷3丁目56-5

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