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2020年4月21日 (火)

西光院の石仏(板橋区南町)

東京に古い地名を残したエリアは、千代田区・新宿区に多いが、板橋区にも一部残っている。南町というと新しい地名に聞こえるが、実は旧町名も板橋町大字中丸字南であった。江戸時代は中丸村。その中心的な寺院が西光寺である。西光寺は真言宗の寺院で、創建年代は不詳だが江戸時代初期だと言われている。門前の道は古くからある道で、東に向かうと金井窪から池袋村へ繋がっていた。

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参道入口に角柱の庚申塔がある。台石が雫で凹んでいるのが時代を感じさせる。文字塔の庚申塔の造立年は延享2年(1745)3月。正面には「南無阿弥陀仏」、左面には願主名、右面には「武刕豊嶋郡中丸邑上下両橋」とあり、裏面には造立年月と「往来安穏 奉供養庚申石橋造立」とあるので、庚申講中が石橋供養に立てたものではないかと思われる。西光院は微高地にあるので、この庚申塔があったのは谷端川沿いだった可能性が高い。

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参道をさらに進むとスダジイの古木がある。現在の樹高は12mだが、根回りは5.5mある。樹齢は推定で約400年。江戸時代は中丸村の目標樹として存在し、その神々しさから幹の空洞には白蛇が棲むという伝説があり、村の守り神とされていた。現在は板橋区登録の天然記念物になっている。スダジイの先に山門がある。

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山門をくぐり左に折れると地蔵菩薩などが数基並んでいる。左端の丸彫の地蔵立像は中折れを補修した跡がある。造立年は宝暦12年(1762)10月で「奉造立地蔵大菩薩」とある。もう一つの丸彫地蔵(右から二番目)は正徳4年(1714)11月造立で、造立施主男女18,471人とあるがそんなに江戸時代に周辺人口はない。霊魂の数も含んでいるのだろうか。間にある左から三番目の小ぶりな地蔵尊は十万遍満足とあるので、念仏講によるものだろうか。造立年は分からない。この隣には無縁仏塔もあり、多くの石塔が固められている。

場所  板橋区南町31-1

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