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2020年4月17日 (金)

長島大榎公園の石塔(世田谷区経堂)

経堂駅の北側を流れていたのが北沢川、南側を流れていたのが烏山川、どちらも池尻大橋で合流し目黒川と名前を変える。南の烏山川には品川用水を通していた尾根筋から数本の沢が流入していた。一本は狭義の菅刈を流れる沢筋、その東側には地主長島家の敷地から流れる沢筋で、長島家の一部が大榎公園となっており、そこに石碑石仏がある。

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上の写真の右は石橋供養塔。造立年は寛政6年(1794)5月で、協力した多くの人々の名前が彫られている。石橋供養塔というのは川に架けた石橋にも霊が宿ると信じられ、それを供養して安全を祈願するもので、どうやらこれらは世田谷通り農大前にあった北見橋脇にあったもののようである。左が大正3年【1914】11月の北見橋改修記念の道標で、それぞれ東西南北に「東 三軒茶屋を経て渋谷町に至る、西 砧村狛江村を経て登戸渡船場に至る、南 用賀瀬田を経て二子渡船場に至る、北 経堂在家上北沢を経て高井戸に至る」とある。

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大榎は昔に倒れてしまい根っこのモニュメントしかないが、大きなケヤキが何本かある。その脇には新しい地蔵尊が建てられている。昭和9年(1934)9月の造立で、長島家が建立したもの。経堂在家村は松原家が最も多いが、長島家もなかなかのもので、公園の向かいには自然保護区域も残されている。

場所  世田谷区経堂5丁目17-25

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