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2020年4月29日 (水)

観明寺の石仏・庚申(板橋区板橋)

江戸時代、中山道を江戸から歩くと下板橋宿に入ってすぐに川越街道との平尾追分、その前には東光寺があった。そこからさらに宿場通りを進むとつっぎにある大きな寺は観明寺。真言宗の寺院で、創建は暦応元年(1338)と伝えられるが、この時代の創建はほぼ不詳。江戸時代に中山道が五街道のひとつとして整備されてからは下板橋宿は賑わい、観明寺も多くの信徒が居たようだ。

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観明寺の本堂は奥まっているので、中山道を歩いていて目に留まるのは寛文の庚申塔の堂宇であろう。この格子の堂宇に納まっているのは寛文元年(1661)8月の唐破風笠付角柱型庚申塔で極めて立派なものである。写真のような格子に納まっているのは写真を撮るのにはとても不都合で、魚眼レンズが欲しくなる。なんとか25㎜で撮影するが、なかなかうまく撮れない。

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青面金剛像に二邪鬼、二童子、一猿、一鶏と盛りだくさんなデザインで、もうすぐ400年か経とうとしているのにまだ形を保っているのは有難い。側面には武州豊嶋郡下板橋結衆とあり、これだけの庚申塔を建てた下板橋宿の賑わいが分かる。板橋区の指定文化財になっているが、青面金剛像が彫られたものとしては都内で最も古い庚申塔である。

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本堂の脇を入ると古い石仏が沢山ある。その中から主なものをピックアップしたい。上の写真は寛文8年(1668)10月造立の聖観音菩薩立像である。前述の都内最古の青面金剛庚申塔の僅か7年後のものだが、ひっそりと立っている。「奉新造立観音尊像一躰覚二世安楽所 常念観音□離奉□□」とある。

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もう一つもまた聖観音菩薩である。頭頂部が少しだけ欠けている。年代は天和2年(1682)10月のもの。「心鉄禅定門 寛文12年壬子年」という文字と「妙理禅定尼 天和2年壬戌年」という文字があり、その二人を供養する墓石ではないだろうか。並びには不動明王像もあるが年代は不詳である。

場所  板橋区板橋3丁目25-1

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