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2020年4月24日 (金)

空襲犠牲者供養の地蔵(板橋区大山金井町)

この地蔵尊は古いものではない。造立年は昭和25年(1950)。第二次世界大戦のさなか、昭和20年4月13日夜に板橋から志村にかけての米軍による絨毯爆撃があった。3月10日の東京大空襲が有名だが、この板橋の空襲でも45,000人の罹災者を出した。この場所には当時防空壕があったが、さしもの防空壕も直撃弾を受け、壕内にいた乳児を含む9人が犠牲になった。

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実はここには小川邸の広い屋敷がありそこに防空壕があった。壕内に避難していた13人のうち9人が爆死、小川氏は好意で造った防空壕で被害者が出たことを深く悔やみ、戦後その空襲の被害者を供養する為に建てたのがこの八面地蔵である。八面にそれぞれ地蔵が刻まれ、そのうちの一つは赤ん坊を抱いているが、9人の犠牲者のうちの一人は乳児だったためである。

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このタイプの石塔を八面石幢(はちめんせきどう)という。戦後75年が経過し、戦争の恐ろしさを伝える人も少なくなった。私は十代の時に早乙女勝元氏の『東京大空襲』を読み、その文章が描く戦火の風景が今でもイメージできる。忘れずに伝えていきたいものである。

場所  板橋区大山金井町16-8

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