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2020年5月 1日 (金)

文殊院の石仏(板橋区仲宿)

下板橋宿のなかでも仲宿あたりが一番人通りが多い。現在はスーパーマーケットのライフがあり通過するのにもいささか難儀する。江戸時代もこれくらいの賑わいはあったのかもしれない。ライフの角から東に入るとすぐに文殊院がある。文殊院は真言宗の寺院で、江戸時代前期に延命地蔵を祀るお堂を広げて寺院にしたらしい。境内の奥にも石仏があるようだが、訪問時は寺の工事をしており奥には入らなかった。(再訪が必要なパターンだが楽しみが継続する)

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門前に2基の石仏が寺の山門に向けて立っている。普通は壁を背にしているのだが、ここの場合はなぜか向きが違う。どんな意味があるのだろうか。左の舟型石仏は聖観音像で、造立年は延宝8年(1680)10月。右に並ぶ板碑型の石塔は何だか分からない。文字もほとんど消えてしまっているが、右下に薄く「寛文」の文字が見えるので、寛文年間(1661~1673)のものだろう。

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山門の脇には通称延命地蔵とよばれる地蔵堂があり、地蔵尊が祀られている。造立年は不詳だが、寺の創建よりも前ということになりそうだ。比較的広い堂宇にポツンと中くらいの大きさの地蔵が祀られているバランスがいささか気になった。

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山門を入り右を振り返ると子の権現の堂宇がある。石仏の年代は分からないが、子の権現は足にご利益のある権現である。実際に居た人で、平安時代初期の人物。霊験の夢を見て秩父の山に登って修行していたところ、蛮人によって火難に遭い下半身に大やけどを負った。長い年月不自由な体でいたが、神仏の加護を得て回復した。それを見た蛮人は改心して弟子となり、ともに修行をしたという。 飯能から秩父に向かう途中の峰の上に本家の子の権現がある。大昔に行ったときは、車が難儀する細い荒れた道で大きな鉄のわらじがあったが、最近はどうなっているだろうか。

場所  板橋区仲宿28-5

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