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2020年4月23日 (木)

熊野町の地蔵堂・庚申(板橋区熊野町)

板橋区熊野町は川越街道と谷端川を二辺にした三角形の住居表示で、首都高速を使う人には5号池袋線と中央環状線の合流する熊野町ジャンクションで知られている。この三角形の重心近くにあるのが熊野町の地蔵堂だが、祀られているのは地蔵ではなく二基の庚申塔である。

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三角形の角地になかなか立派な堂宇がある。昔、この辺りは中丸という土地だったが、この堂宇の南側だけが池袋飛地となっていた。 この地には明治時代まで熊野神社が広がっていたが現在では熊野町ジャンクションの真下の一角に狭まっている。創建は応永年間(1394~1428)。江戸時代は中丸村の鎮守であった。また堂宇のあるこの辺りはかつては金井窪村と中丸村の村境でもあった。

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堂宇内には二基の庚申塔がある。左の駒型庚申塔は享保6年(1721)8月の造立で、青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄。「武州豊嶋郡中丸村講中15人」の銘がある。元は熊野町40番にあったらしいので、ここから西へ100m程行ったあたりだろうか。右側の笠付角柱型庚申塔は宝永元年(1704)の造立。こちらは青面金剛像と三猿。こちらの庚申塔も以前は中丸33番にあったというから、ここから南西に200m程、川越街道の南側だろう。どちらも関東大震災後の大正末の土地区画整理で移動したと記録されている。

場所  板橋区熊野町34-1

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