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2020年5月16日 (土)

圓應寺の庚申塔(大田区矢口)

かつて多摩川には橋がなく、渡し場が一定間隔であった。河口から少し並べると、まず羽田の渡し(現在の首都高横羽線あたり)、六郷の渡し(第一京浜六郷橋)、その少し上流に小向の渡し、矢口の渡し、平間の渡し、丸子の渡しとなる。矢口の渡しは鎌倉街道時代からの渡しで歴史が古い。矢口の渡し付近は江戸時代まで多摩川が大きく湾曲して三日月湖などを形成していた地域である。それだけに古市場村は歴史ある集落である。

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古市場村は現在は大田区矢口3丁目にあたるが、多摩川が暴れ川でたびたび流れを変えていたので、神奈川県側も江戸時代は古市場村であった。そのため、現在も対岸の川崎市の住居表示は「東古市場」である。そういう場所なので圓應寺の歴史も古い。開山は不明だが、寺が保存している板碑は永仁2年(1294)のものらしいから、鎌倉幕府衰退期で吉田兼好の徒然草が書かれたり、鎌倉の円覚寺が開山したころに出来たと思われる。

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境内には新しいものだが十三仏が並べられ、それぞれの特徴が学べる。不動明王、釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩、薬師如来、観音菩薩、勢至菩薩、阿弥陀如来、阿閦如来、大日如来(金剛界)、大日如来(胎蔵界)、虚空蔵菩薩が並んでいる。菩薩と如来の違いは、菩薩は菩提薩埵(ぼだいさった)の略で悟りを求め修行している人をいい、如来は真如来生の略で悟りを開いた後の姿と言われる。

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十三仏に背を向けて本堂脇を墓所に向かうと入口に古い板碑型の庚申塔が立っている。寛文12年(1672)3月造立のもので、青面金剛像の庚申塔としては大田区で最古らしい。青面金剛像、三猿、二鶏の図柄で、これ以降の時代の典型パターンのひとつになるものである。大きさは156㎝もあり、「武城陽荏原郡六郷荘古市場」とある。荘という地名が江戸時代以前からの時代の流れを感じさせる。この庚申塔は古市場村の人々が建てたものだが、もとは現在の第2京浜(国道1号)の矢口3丁目交差点辺りにあったもの。国道の拡幅工事に際して移管されたのだろう。

場所  大田区矢口3丁目21-15

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