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2020年5月31日 (日)

駒込天祖神社の庚申塔(文京区本駒込)

駒込天祖神社はかつて神明社と呼ばれた。神明社よりも東側が動坂町、西側が神明町と神明社に因んだ地名だったが、昭和中期本駒込4丁目~5丁目と変更された。天祖神社の南隣には1879年から140年の歴史を持つ駒込病院があり、その南には明暦の大火で焼失した門前町が大名屋敷になったため、門前町の住民が武蔵野に移り街の名前になった吉祥寺がある。

このあたりは縄文時代から人間が住み続けた場所で、一帯には駒込神明町貝塚が広がっていてその上に街がある。神明社は文治5年(1189)の創建で、源頼朝の奥州征伐の時に始まったと伝えられる。この天祖神社は西の日光街道側が表参道になっているが、動坂側にも裏参道があり、裏参道の入口に庚申塔が7基並んでいる。

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左端は笠付角柱型の庚申塔で、元禄16年(1703)9月の造立。上部に日月、そして正面、右面、左面にそれぞれ大きな一猿がある。右面下部には「駒込道」の文字がある。その隣の庚申塔も変わっている。上部が欠損しているが、頂上は首の欠けた一猿。その下には「奉供養庚申 二世 安樂」とあり、下部には願主名が並び、末尾に「駒込村」とある。

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次は板碑型の庚申塔で慶安元年(1648)9月と極めて古い時期のもの。神社の北側には駒込村の名主高木家の屋敷跡があるが、その高木家が施主のようだ。その右は光背型の庚申塔で、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿の図柄。造立年は享保5年(1720)10月で、「武刕駒込笹原村」の銘がある。笹原は現地名にはないが、おそらく不忍通りの辺りだろうと思う。

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その隣は最も大きな板碑型の庚申塔で、三猿が下部に描かれている。造立年は寛文8年(1668)でこれも初期のもの。三猿上部には、「為奉待庚申二世安樂」とあり、左に「武州豊嶋郡駒込村」と書かれている。その右側の駒型の庚申塔は、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿の図柄で、造立年は不明だが10月という文字がある。

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右端の庚申塔は舟型光背型で、造立年は延宝4年(1676)4月。青面金剛像のみの図柄。「武州豊嶋郡」の銘がある。これだけ古いものが複数保存されていることは驚きである。神社は戦災で焼失し、戦後社殿が再建されたが、庚申塔が健在であるのは嬉しいことである。

場所  文京区本駒込3丁目40-1

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