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2020年5月 9日 (土)

鵜の木八幡の庚申塔(大田区南久が原)

鵜の木八幡神社は鵜の木ではなく南久が原にある。江戸時代の地図を見ると久が原村側に入っているように見えるが、明治時代初頭の地図では鵜の木村になっている。嶺村の飛地も含めて、この近辺の昔の村境の判別は難しい。鵜の木八幡神社は天明伊賀守光信の子五郎右衛門光虎が延徳元年(1489)に創建したとなっている。この天明家は鵜の木の豪邸で現在も残っている。旧鵜の木村の大地主らしい。

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鵜の木神社の北西角に堂宇があり、二基の庚申塔が祀られている。ブロック塀とトタン屋根の質素な堂宇である。隣には稲荷も祀られている。八幡も稲荷も庚申も庶民に親しまれたもので、それらが集まっているのは何とも微笑ましい。宗教の争いのない日本という国を表しているようである。現在は環八通りで分からなくなっているが、この通りの1本西の筋には六郷用水が流れていた。六郷用水よりも鵜の木八幡の境内は8m程高く建物が低かったころは境内からの眺めが良かったはずである。ここは武蔵野台地の末端である久が原台と多摩川低地の間の崖の上になるからである。

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堂宇内二基の庚申塔の左側は駒型、青面金剛像、三猿、二鶏の図柄で日月の陽刻もくっきりと出ているもの。造立年は享保5年(1720)、「武刕荏原郡六江領鵜木村」「庚申青面金剛 道中」と彫られている。いっぽう右側の小さい方の駒型庚申塔は、青面金剛像、邪鬼、三猿、二鶏が描かれており、明和5年(1768)2月の造立である。

場所  大田区南久が原2丁目24-1

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