« 野沢テコテン坂の庚申塔(世田谷区野沢) | トップページ | 下北沢踏切地蔵尊(世田谷区代沢) »

2020年7月 1日 (水)

三軒茶屋の大山道道標(世田谷区三軒茶屋)

東急田園都市線は昔は新玉川線と呼んだ。私が上京した年に二子玉川と渋谷区間が開通した。そのずっと前には国道246号(玉川通り)には通称玉電が走っていた。三軒茶屋は瀬田方面と下高井戸線の分岐点。三軒茶屋から下高井戸までは現在もまだ東急世田谷線が健在で、私もしばしば乗車する。どう乗っても147円(Pasmo)でバスと併用しているとバスクーポンで割引になることもある。現在では路面電車部分は亡くなったが、都電荒川線とここだけに残る市電の名残りである。

Img_0008

玉川通りと世田谷通りの分岐する股の部分の駅出入口脇に大山道道標がある。この道標は昔はここにあったが、交通量が増加し始めると区立郷土資料館に移され、昭和58年(1983)に再びここに戻された。江戸時代からの街道の分岐点だけに、造立年は寛延2年(1749)だが、文化9年(1812)に再建、さらに昭和31年(1956)にも再建(おそらく補修)されている。

正面には大きく「大山道」その上に「左 相刕通」とある。左面には「右富士 世田谷 登戸道」、右面には「此方 二子通」とある。この道標は元は渋谷方向に向けて立っていた。「相刕通」というのは相州通の意味で、相模の国への街道(大山街道)である。世話人の欄には多くの記載があるが、出てくる世話人の住居地は、「太子堂村、江戸日本橋四日市町、三軒茶屋、野沢村、上馬引沢村、中馬引沢村、など広域にわたる。

2020062801

写真は昭和30年代のこの場所。交差点の見張り台と交番が並んでいるが、この道標は見当たらないから、郷土資料館に移された後だろうか。ミゼットとオート三輪が懐かしい。左真っ直ぐの電車のいる道が玉川通り二子玉川方面、右が世田谷通りである。記憶ではこの角には協和銀行があった。今はビックエコー(カラオケ)である。周辺は全盛期から再開発に指定された地域だが、渋谷と違いまだ何十年もかかるだろう。

場所  世田谷区三軒茶屋2丁目13-14

|

« 野沢テコテン坂の庚申塔(世田谷区野沢) | トップページ | 下北沢踏切地蔵尊(世田谷区代沢) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 野沢テコテン坂の庚申塔(世田谷区野沢) | トップページ | 下北沢踏切地蔵尊(世田谷区代沢) »