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2020年6月17日 (水)

赤塚の消えた庚申塔(板橋区赤塚)

以前に板橋区の坂道のひとつ「梶谷津の坂」でも紹介した庚申塔3基である。梶谷津の坂は新大宮バイパスを谷底にして下って上る坂で、西の坂を登り切ったところに3基の庚申塔が並んでいた。並んでいたと書いたのは、どうも新築工事で撤去されたらしいからである。どこかに移設された可能性はあるだろう。この辺りの旧地名は番匠免(ばんしょうめん)という。小字の広がりから見て北の増幅寺あたりかもしれない。

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3基並んだ庚申塔は右から、板碑っぽい駒型の文字塔型庚申塔で下部に三猿が描かれている。造立年は宝永7年(1710)仲春とあるので、3月であろう。「武州豊嶋郡下赤塚村」の銘、願主は12人とある。真ん中はちょっと変わった形をしている。舟型だが枠のような陰刻のデザインの文字塔で、貞享5年(1688)2月の造立。願主は12人、「武州豊嶋郡下赤塚」の銘があるが、左面には「寺家村」とある。この寺家村が分からない。

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一番左の小さめの庚申塔は唐破風笠付角柱型。造立年は元禄16年(1703)2月。青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄で、「武州豊嶋郡下赤塚村同行7人」の銘がある。残念ながらストリートビューで確認すると3基とも現地には無いようだ。住宅開発で消えていくものが多い中でとても残念なことである。

場所  板橋区赤塚7丁目2-3

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