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2020年6月 4日 (木)

船橋観音堂の石仏(3)

自宅から歩いて20分弱のところにある船橋観音堂は石仏の宝庫である。しかしいつ無くなるかという不安が常に付きまとう。これまでも船橋観音堂の石仏は紹介したが、まだまだ多数残っている。墓石は含めないという方針なので、今回の3基でほぼ終了だろうか。

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まずは入口から近いところにある、かなり表面の剥離が進行したこの石仏。実は馬頭観音で比較的少ない馬頭座像が描かれている。造立年は万延元年(1860)7月なので、江戸時代の末期。横に施主名があり、「船橋村 徳左エ門悴  伊三郎」とある。悴(せがれ)と書かれているのは極めて珍しい。女性の場合は旦那の名前に母とか女とか付けることが多いのだが、倅は滅多に見ない。

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次は大きなケヤキの木の根元にある如意輪観音座像で舟型光背型の像型である。如意輪観音の上部に、「意趣者念仏供養」とあり、周りに願主名で女性の名前が40人くらい書かれている。みんな「お」がついている。おかめ、おたん、おせん、おつね、おそめ、おはる、おたま、おふくなど多彩である。一部のみつる松というような名前もあるが1割以下である。造立年は延宝3年(1675)1月。江戸時代初期から全盛期になるころで、女性の実質地位も上がってきた頃である。

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最後は、探していたが見つからなかった地蔵菩薩。台石から土の上に下ろしてあった。この地蔵菩薩も船橋村の女中念仏講中によるもので、「六十六部安心」とあり、横には「これより右 たかいとみち」と道標の役目も果たしていたようだ。造立年は寛政3年(1791)11月。こういう状態を見ると、台石が入れ替わってしまうこともままあるだろうと思う。

場所  世田谷区船橋1丁目20-16

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