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2020年6月 6日 (土)

浄光寺の石仏・庚申①(世田谷区世田谷)

世田谷の代官屋敷の裏手にある浄光寺は文安元年(1444)の開山。境内墓地には世田谷代官大場家の代々の墓がある。代官屋敷前の道は江戸時代からの街道でなぜかこの前後で街道はクランクしている。この道筋は毎年12月と1月にボロ市で賑わう。戦国時代にはよくわざとクランクを作ったものだが、その名残だろうか。代官屋敷の裏手には区立郷土資料館があり、浄光寺はそのさらに南にある。

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郷土資料館側は山門ではなく勝手口。その勝手口にあるのが上の写真の舟型地蔵立像。像立年は寛文12年(1672)8月で、「武刕荏原郡世田谷上町」の銘がある。念仏供養の講中によるもので、結衆17人と記されている。この勝手口から東側を回り込むように路地を進むと正門の山門がある。

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本堂手前に2基の石仏がある。大きい方は丸彫の地蔵菩薩立像で、宝暦2年(1752)11月のもの。「武州荏原郡世田谷上町 念仏講女中 同行60人」とあるので、これも地元のもの。「石工 青山若松町 石屋八郎兵衛」とあるから、外苑銀杏並木の入口辺りの石屋である。小さい方は丸彫の如意輪観音座像。造立年は天保4年(1833)7月で、「世田谷弦巻…講中」とあるが、代官の大場家が世話人になっている。

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本堂の左に進み墓所に入る入口に六地蔵が並んでいる。これは明治26年(1893)の造立で、比較的新しい。「弦巻村石工富田米次郎」の銘があるので、地産である。これより墓所に入るとさらに多くの石仏があるので、それは別述したい。

場所  世田谷区世田谷1丁目38-20

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