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2020年7月18日 (土)

目黒不動龍泉寺の庚申石仏(1)(目黒区下目黒)

江戸時代から特別な存在だった目黒不動(龍泉寺)。江戸時代、江戸の範囲を表すラインに朱引と墨引というのがあり、朱引は寺社奉行の管轄、墨引は町奉行の管轄範囲を表していた。目黒不動は特別に江戸の外なのに町奉行が管轄する特別なエリアだった。それほど江戸の人々にとって重要な近郊のリゾート地だったわけである。目黒不動のある場所は台地の縁にあたり、階段脇の独鈷の滝は昔は豊富な湧水だった。

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水かけ不動が人気で皆水を掛けてから龍泉寺にお参りをするが、この独鈷の滝の斜面には沢山の石仏が並んでいて気になった。しかし容易には近づけない場所なので、少し長めのレンズのカメラを持って撮りに行った。但し距離が遠いので彫られた文字を読むのは極めて難しい。一部、他の資料や情報に頼らざるを得なかった。

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池向こうの一番左にあるのは角柱型っぽいが舟型の庚申塔で、小ぶりな青面金剛像と三猿の図柄である。造立年は貞享3年(1686)10月と彫られている。青面金剛像の右側には、「奉寄進庚申供養為二世安樂立之者也」とある。上部には日月が描かれている。

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その右には寛文年間らしい石像があるが右手に厚い板のようなものを持っており、文殊菩薩かとも思いきや顔が明王っぽくそれ以上は分からなかった。そのさらに右側には、板碑型の庚申塔が立っている。こちらは造立年が寛文4年(1664)2月ととても古いものだった。青面金剛像の下には三猿が描かれ、下部には願主名が書かれている。

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その少し右手には不動明王らしき石仏がある。造立年は寛文5年(1665)6月と古い。ただ明王の像形が今一つ巧いとは言えない。しかし、行けに近い列の石仏はどれも江戸時代初期のもののようだ。幕府と密接な関係にあった龍泉寺に民間信仰の石仏がたくさん並んでいることはとても興味深い。これらが果たしていつ頃この場所に移されたのか、知りたいものである。

場所  目黒区下目黒3丁目20-26

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