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2020年7月 2日 (木)

下北沢踏切地蔵尊(世田谷区代沢)

小田急線は永年の計画が実現して2013年に下北沢駅前後(東北沢~世田谷代田)を地下化した。周辺の踏切はほぼ開かずの踏切で、駅の近くには踏切が5ヶ所あった。ここは駅の小田原側最初の踏切だったが車の往来は比較的少なかった。下北沢村だったころは川沿いに水田が開け、沢の形成する谷地が毛細血管のように広がる地形で、この辺りは目黒川支流の北沢川、その支流の森厳寺川のさらに支流で、村の時代は「西山谷」と呼ばれた。その谷を横切るように昭和初期に小田急線が通ったので、ここは土橋にされた。その為踏切は峠越えのような地形になっていて向こう側が見通せない、そんな地形である。

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そんな踏切脇に地蔵尊がある。地元では「踏切地蔵」と呼ばれている。造立は昭和11年(1936)7月。この踏切では昭和の初期に連続して死亡事故が発生した。昭和2年(1929)に76歳の斎藤安五郎さん、昭和7年(1932)に13歳の小関美彌子さん、昭和10年(1935)に10歳の小関清くん、昭和11年(1936)に42歳の崔垣斗さん、とまるで呪われた踏切のようになってしまった。

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小関美彌子さんと小関清くんはなんと姉弟。13歳と10歳だが3年の時間差があるので、お姉さんが亡くなった時、弟は7歳。それが3年後に弟も踏切事故で他界するというのは堪らない。最後の崔さんは、地蔵を計画している最中の事故だったのかもしれない。しかしそれ以降この踏切では一度も死亡事故は起きていないという。地蔵脇に古い如意輪観音座像があった。これは踏切とは無関係だろう。享保14年(1729)の墓石である。

場所  世田谷区代沢5丁目34-1

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