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2020年7月24日 (金)

金山地蔵尊石造物群(品川区小山)

東急目黒線武蔵小山駅から南へ300m程のところに三谷(さんや)八幡神社がある。その境内というよりも境内の端っこの道脇に金山地蔵尊の一角が設けられている。まず中心的な金山地蔵尊の造立年代は不詳だが、江戸時代初期にはすでに小山村にあったと伝えられる。昔は150m程南西の八幡通りと碑文谷道の辻(小山5-15-8)にあったが、大正時代末期の耕地整理で現在の場所に移された。

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地蔵は、小山村の旧家である石井、伊藤両家のの当主がある日、奥沢の浄真寺(九品仏)に参詣し願掛けをしたところ、その願いが成就したのでその地に建立したと伝えられる。しかし経年による摩滅に加えて、第二次大戦の戦禍でひどく損傷してしまったために、昭和29年(1954)8月に再建された。

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「金山」の名称については、造立当初から台石に「金山」と刻まれており、その為か金山地蔵尊と江戸時代から呼ばれてきたらしいが、実は金山の由来については全くの謎である。

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地蔵尊の堂宇手前左側には4基の石仏が並んでいる。一番地蔵側の庚申塔は正徳2年(1712)8月のもの。舟型光背型で正面金剛像と三猿が描かれている。右側の文字は「奉供養庚申塔」だと思われる。となりの庚申塔も舟型光背型の庚申塔で、青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄。享保4年(1719)10月の造立である。

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道路側の2基は、まず馬頭観音。文字塔の自然石で「馬頭観世音菩薩」と刻されている。造立年代は不詳だったが、戦災の傷みで金山地蔵尊と同じ昭和29年(1954)8月に再建されたもの。一番道路側の庚申塔は見るからに新しいが、左下に「元禄年間建立」「再建昭和32(1957)年7月」と刻まれている。

場所  品川区小山5丁目8-7

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