« 金山地蔵尊石造物群(品川区小山) | トップページ | 戸越地蔵尊の庚申塔(品川区荏原) »

2020年7月25日 (土)

戸越地蔵尊の石仏(品川区荏原)

東京都の五反田から神奈川県武蔵小杉方向に走るのが中原街道だが、「街道」というだけに昔からの道である。所々旧道に分離しているところがあり、五反田近くの中原口から武蔵小山商店街の出口の平塚橋辺りまでがそのひとつ。旧街道が残ると、いろいろな史跡も開発を免れて残されることが多いのが何より有難い。有名な戸越銀座を西に進み、中原街道を過ぎた先の旧中原街道にあるのが戸越地蔵尊である。

Cimg0765

江戸時代の中原街道は江戸虎ノ門から相模国(神奈川県)平塚に至る街道で、かつては東海道に並行した脇街道として旅行者や物資の移動が盛んであった。その時代の石仏がここには集められている。残念ながら元の場所などは分からないものが多いが、江戸時代平塚橋辺りは、戸越村、中延村、小山村の村境になっていた。そういう場所には塞ノ神など民間信仰の名残りがあることが多い。

Cimg0769

多くの石仏がある中で、まずは代表ともいえる延命子育地蔵。造立年は不詳である。高さは台石を含めて2.4mほどもある。手書きの説明板には形式的に江戸時代中期から後期にかけてのものと書かれている。江戸時代の地蔵で延命地蔵と呼ばれるものと子育地蔵と呼ばれるものはほとんど同じで、昔は子供が幼い頃に死亡するケースが多かった為、延命は赤ん坊の延命を祈り、子育も同じ意味合いだったと思われる。

Cimg0768

一番右端にあったのは上部が折れた石碑で、説明書きによると寛文2年(1662)の墓石らしい。日蓮宗のものだとある。墓石は私の場合対象外なのだが、こうして祀られているとやはり無視はできない。寺の境内で無縁仏などで江戸時代初期の墓石も多く見かけるが、民間信仰の石仏よりも良い石材で見事に彫られているものが多い。

Cimg0770

上の写真は笠塔婆型の石造供養塔。風化が進んでいて、造立年などは分からない。説明板にも不詳とあるが、江戸時代中期のものではないかと注釈がある。ここの石仏石碑はすべて品川区の指定有形民俗文化財に指定されている。歩いていてもやはり旧街道は楽しい。

場所  品川区荏原2丁目9-18

|

« 金山地蔵尊石造物群(品川区小山) | トップページ | 戸越地蔵尊の庚申塔(品川区荏原) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 金山地蔵尊石造物群(品川区小山) | トップページ | 戸越地蔵尊の庚申塔(品川区荏原) »