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2020年7月 9日 (木)

太宗寺の石仏(新宿区新宿)

新宿にある太宗寺は天龍寺と並んで新宿を代表する寺院。天龍寺が曹洞宗なのに対し、太宗寺は浄土宗の寺院である。慶長元年(1596)頃に僧・太宗が建てた庵が始まり。後に新宿の主である内藤家との関係が深くなり、寛文8年(1668)には寺地を拝領した。かつては寺の境内に湧水があり、渋谷川の水源としては、天龍寺の湧水と太宗寺の湧水が代表的なものだった。

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入口にある東京都の指定有形文化財である銅造地蔵菩薩坐像は正徳2年(1712)の建立。江戸六地蔵のひとつで、甲州街道の見守りを司っていた。江戸六地蔵は他には、品川寺(品川区南品川)、東禅寺(台東区東浅草)、真性寺(豊島区巣鴨)、霊厳寺(江東区白河)、永代寺(江東区富岡)とここで、永代寺のもののみ現存しない。

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境内奥には織部燈籠がある。目黒区に多いが、いわゆるキリシタン燈籠である。年代は不詳。下部にある人型がキリストやマリアを表しているもの。これは新宿区の登録有形文化財になっている。昭和27年(1952)に墓地内の内藤家墓所から出土、もしかしたら内藤家は切支丹だったのだろうかとも考えた。内藤家が新宿を追い出され高遠に封じられた理由は分からないが、切支丹の話は聞いたことがない。

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不動堂の裏に無縁仏が集められている。その中のひとつに、地蔵六角石幢があった。かなり摩滅が進んでいるが、文化3年(1806)のものでなかなか貴重な石仏である。この周りには猫が沢山いてなかなか人懐っこく楽しめる。

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表に戻り、不動堂の脇には稲荷神社と並んで塩かけ地蔵がある。古いもので造立年は不詳。しかし、石仏研究者の佐久間阿佐緒氏によると、この地蔵は高遠の名石仏師である守屋貞治(1765~1832)の作品ではないかという説。内藤家との関係を考慮しても、可能性は高いと思う。江戸末期には石仏師も商売ベースになり、技術は江戸初期のものに比べると相当落ちる。その時代において、優れた石工の代表である貞治は少しだけ江戸に出てきて製作をしたと言われる。その一つがこれであるならば、極めて貴重なものである。

場所  新宿区新宿2丁目9-2

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