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2020年7月11日 (土)

自証院の板碑と庚申塔(新宿区富久町)

自証院は昔は法常寺といったが、尾張藩主徳川光友夫人の千代姫の母(自証院)を供養するために、寛永17年(1640)に自証寺と改められた。明治時代末期、すぐ近くに住んでいた小泉八雲が好んでいた寺だったが、杉の木を切る音を聞いて嫌になり越してしまったというエピソードがある。

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寺としては小さな境内の小さな寺院である。しかしお宝の多い寺でもある。一番のお宝は、阿弥陀三尊種子板碑で、弘安6年(1823)の銘があり新宿区内で最古のものである。普通はこういう板碑はしまい込まれているのだが、ここの板碑は境内の一角に立てられている。

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説明板によると下部は欠損しているようだ。全体としては1.2m程の大きさがあるらしい。鎌倉時代の典型的な特徴が残された板碑である。当時、市谷地域には有力な武将が居住しており、その関係だという。この板碑は新宿区の指定有形文化財に指定されている。

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入口近くには無縁仏が集められており、その脇に塀に沿って3基の庚申塔が並んでいた。右から、角柱型の庚申塔で、青面金剛像と三猿の図柄。貞享3年(1686)3月の造立。中央は、角柱型だが形からして昔は笠付だったはずである。青面金剛像と邪鬼が描かれている。もしかしたら地中に三猿が埋もれているのかもしれないが、資料には書かれていない。左の庚申塔も元は笠付角柱型のようである。三猿のみだが、上部には青面金剛を示す種子が描かれている。文字塔としては「庚申講供養宝塔  厳正安穏後生菩處」とある。

場所  新宿区富久町4-5

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