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2020年7月 4日 (土)

大谷口の庚申地蔵(板橋区大谷口)

前述の大谷口の庚申塔(2基)の向かいに屋根付きの地蔵がある。ここにこれほどの石仏があることにいささか驚いた。しかもこの場所は大谷口の中心にあたる。普通は塞ノ神として村境に石仏が置かれることが多いのである。おそらくは西光寺が大谷口の中心的な存在だったのだろう。そして昔はもっと広い境内を持っていて、門前にあったのかもしれない。西光寺が面積縮小することでこの場所に残ったという可能性もありそうだ。

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こんな路地だが真っ直ぐ向こうの道も左の道もすべて江戸時代からある道である。微妙な歪曲が昔の道であることを物語っている。庚申塔は2基とも江戸時代初期の古いものだったが、地蔵菩薩像の方は少し時代が若く、江戸時代中期の延享5年(1748)2月である。丸彫の自走菩薩の尊顔は若干剥離が進んでいて時代を物語る。

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台石には「武州豊島郡上板橋大谷口村」の銘がある。願主は大野清左エ門、庚申講中12人とあるのでこの地蔵尊も庚申塔として扱われている。また裏面には石工の名前もあり、「江府駒込肴町 石工 宇兵衛」とある。「江府」というのは聞きなれない地名だが、江戸幕府のあるところという意味である。「えふ」とも「ごうふ」とも読んだようだ。駒込肴町は現在の文京区向丘あたり。大谷口村と駒込の関わり具合いも興味深い。

場所  板橋区大谷口2丁目11-8

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