« お猿橋庚申堂(品川区小山台) | トップページ | 金山地蔵尊石造物群(品川区小山) »

2020年7月23日 (木)

朗惺寺の庚申塔(品川区小山)

東京でも有数の商店街武蔵小山商店街からすぐ、ほぼ駅前と言っていい場所にあるのが日蓮宗の朗惺寺。昨今「ムサコ」と呼ばれる駅前開発が急速で、武蔵小金井、武蔵小杉、武蔵小山とタワーマンションが並んでいる。もっとも開発がおとなしいのが武蔵小山で、その理由は品川区という土地柄地価が高い為だろう。ただ少子化に加えてコロナ後の不動産暴落が危惧されるが、文化財にとってはその方がいいのかもしれない。

Cimg0728

朗惺寺の本堂前に立つと上の写真のような景色である。寺社地は比較的開発になりにくいが、この景色を見ると心配になる。もともと朗惺寺は品川用水から小山の町へ繋がる道の途中に明治43年(1910)に移ってきたが、当時周りには何もなかった。民家が増えたのは昭和になってからである。池上本願寺が本山となっている。創建は天正2年(1574)八丁堀だが、明暦の大火(1657)で芝の二本榎に移転、この地に移ってきたという経緯。

Cimg0734

本堂の近くに庚申塔が並んでいた。中央の3基が庚申塔である。どれも駒型で典型的な江戸時代中期のもの。右手前には墓石の地蔵が数基置かれ、右側には鳥墓がある。手前には石橋庚申供養塔があったようだが、見落としてしまった。宿題になる。

Cimg0730

3基の庚申塔は、左から駒型で日月・青面金剛像、三猿の図柄、宝永元年(1704)11月の造立の庚申塔。中央のグレー色が、日月・青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿の図柄で、享保4年(1719)11月造立のもの。「奉供養庚申講中8人敬白」と書かれている。右側は同じく駒型で、日月・青面金剛像、二鶏、邪鬼、そして三猿は草に埋もれた部分。安永8年(1779)10月の造立である。

Cimg0735

左端にあった角柱を後ろから見ると、「奉納 庚申講中」の文字があった。燈籠の一部(竿石)らしい。天明8年(1788)11月のものである。なお、本堂の裏手にも庚申塔があると後で情報を得た。石橋供養塔と合わせて、再訪して調べなければ。

場所  品川区小山3丁目21-6

|

« お猿橋庚申堂(品川区小山台) | トップページ | 金山地蔵尊石造物群(品川区小山) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« お猿橋庚申堂(品川区小山台) | トップページ | 金山地蔵尊石造物群(品川区小山) »