« 戸越八幡神社の庚申狛犬(品川区戸越) | トップページ | 大正6年銘道標(品川区西品川) »

2020年8月27日 (木)

西品川三丁目庚申塔(品川区西品川)

戸越銀座とJR山手線大崎駅は1㎞も離れておらず、目黒川とその支流戸越銀座を流れていた川が削って残した細い台地のそれぞれの縁を下った場所が戸越銀座と大崎駅である。この台地には区立大崎中学校と区立三木小学校があるが、小学校の名前に残されている三ツ木の名前がこの台地の古い地名である。

P1070859

大崎中学校の少し東側に堂宇に祀られた庚申塔がある。正式名称は「西品川三丁目石造庚申供養塔」で堂宇の中には駒型の庚申塔がある。造立年は延享4年(1747)3月。日月、青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄で、右面に3名(清兵衛、五左衛門、七兵衛)、左面に3名(小右衛門、伝四郎、太郎右衛門)の願主名がある。この江戸時代らしい名前には好感が持てる。キラキラネームが多い今、日本人の名前はこうあるべきとさえ思える。

P1070861

堂宇の前には角柱型の石碑が立っている。そこにはこの堂宇に関する説明が彫られていた。「この庚申様の御尊像は185年前の延享4年(1747)3月に地元の有志が建立したもの。しかし年月が経過しお堂は幾年月を経て荒廃してしまったため、昭和6年(1931)9月にわれら品川区西品川三丁目の昭明会にて役員が協議し、再建を計画。多数神社の奉納金を収集して工事に着手し、昭和7年(1932)5月25日に落成したものである。 昭和8年(1933)11月。」とある。

P1070866

上部がおそらくは戦災で欠損しているが何があったのかは分からない。堂宇の前の道は三ツ木台地の縁を東西に走っていた古道。この三ツ木の名前が小学校にだけ残されていることに感謝。地名は大切にしなければならない。行政が簡単に変更してはならない。自然破壊は目に見えるが、歴史の破壊は目に見えない。そろそろ社会はそこに気づくべきなのだろうと思う。

場所  品川区西品川3丁目11-15

|

« 戸越八幡神社の庚申狛犬(品川区戸越) | トップページ | 大正6年銘道標(品川区西品川) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 戸越八幡神社の庚申狛犬(品川区戸越) | トップページ | 大正6年銘道標(品川区西品川) »