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2020年8月28日 (金)

大正6年銘道標(品川区西品川)

品川区にはいくつかの道標が残っている。これは他の区にはあまり見られない。現在では東海道新幹線、国道1号線が走る品川区、江戸時代も東海道とその脇街道があった。慶応大学(三田)から尾根筋を高輪にむかって進む道は江戸時代以前の東海道である。江戸時代の道標が多い中で、この道標は大正6年(1917)と新しいもの。

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この場所は、昔は三ツ木と呼ばれた地域。目黒川とその支流の戸越銀座を流れていた川が削った細い台地の先にある。昔の小字は三ツ木槍崎。まさにこの先で標高が下がる台地の縁である。説明板には、

『三ツ木台地から目黒川に下る四ッ辻に建てられたもので、区内にある道標のなかでは最も新しい角柱型の石造道標である。四面に刻まれた文字は片仮名で、テイシャバ道という近代的な面影も残されている。今は住宅地の中に立っているが、この道標から、かつては道しるべに頼る野中の道であったことが偲ばれる。また、大正6年(1917)という新しい年代の造立であるが、このような道標が少なくなった現在、保存される価値のあるものである。』とあるが、大正初期の地図を見る限り野中の道ではなく、結構民家があったようだ。

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角柱型の道標の正面には「マエ オホヰ道(大井道)」、右が「オオサキ テイシャバ道」、左が「ヘビクボ道」、裏面が「キリガヤ道」と彫られている。興味をそそるのはヘビクボ道という地名。このヘビクボというのが南にあるJR西大井駅と東急大井町線中延駅の間の品川区二葉にある蛇窪神社と係わりがあるのではと考えた。蛇窪神社は鎌倉時代創建の神社で戸越の白蛇を縁起として祀る神社である。

場所  品川区西品川3丁目16-1

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