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2020年8月15日 (土)

地福寺の庚申石仏(北区中十条)

十條山地福寺は京都仁和寺の僧侶が、源頼義の奥州征伐に随行した折この地にとどまり、康平年間(1058~1064)に創建。日光御成道(岩槻街道)に面していることもあり、将軍家の日光参詣でしばしば休憩所として利用された古い寺。第二次大戦では軍需工場が近くに集まっている為、完全に空爆でほとんどを破壊されてしまったという。

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山門の前に六地蔵があるが、ここの六地蔵はどれも大きさが異なっており面白い。なかでも一番左の地蔵菩薩像が「鎌倉街道の地蔵様」と呼ばれているもので、実は庚申塔である。台石の正面の隙間を覗くと三猿がわずかに見える。左面には「地蔵、三界、念佛、有、三夜」の文字が見えるが下部は隣りの台石との関係で分からない。造立年は寛保元年(1741)10月。右面に「庚申」の文字がある。

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境内に入ると、享保5年(1720)霜月(11月)造立の駒型の庚申塔がある。日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼、三猿が描かれており、「奉造立大青面金剛庚講」と書かれている。基礎は材質が違うので最近のものである。ここには同じく庚申講中が造立した貞享2年(1685)の閻魔大王像があるはずなのだが、境内には見当たらなかった。

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本堂脇に回ると無縁仏が並んでいる。その中に承応2年(1653)7月造立のキリーク(阿弥陀三尊種子)の板碑型の文字庚申塔があった。文字はかなり消えかけていて読み取れないが、資料によると「武刕豊嶋郡十条村」「奉供養庚申待現當二世安樂」とあり年紀が刻まれているようだ。庚申塔としては最も古い時代のもののひとつである。

場所 北区中十条2丁目1-20

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