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2020年9月11日 (金)

腰掛稲荷社の庚申塔(文京区目白台)

目白台を形成した川は南の神田川と北、そして東を流れた弦巻川である。弦巻川は雑司が谷台の西側から流れ、護国寺前で音羽川と併流し、江戸川橋で神田川に合流していた。目白台の東側の流程上には首都高速5号線が通っている。腰掛稲荷のある目白台北部は江戸時代は百人組同心という下級武士の団地のような場所だった。現在は筑波大付属の視覚特別支援学校があるが、以前はこの前身の盲学校と東京大医科分院があった。(ハンディキャップの人に対する言葉が分かりにくくなればなるほど、言葉の定義が人を分断しているように思う)

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目白台の崖線上に腰掛稲荷があり、その前に2基の庚申塔が立っている。左の駒型庚申塔は元禄3年(1690)11月の造立。上部に日月、中央に「奉供養庚申講為二世安樂」とあり、その下に三猿が彫られている。三猿の岩座の凸凹には二鶏が組み込まれている。右の駒型庚申塔は貞享2年(1685)11月の造立。中程が折れて接合補修した跡がある。上部に日月、「庚申供養所」の文字、下部に三猿と二鶏が彫られている。

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稲荷神社には菊花石という珍しい石がある。岐阜県の根尾村で産出する石で、見事な菊花紋がある。稲荷とは特に関係がないようだ。腰掛稲荷というのは珍しい名前だが、由緒を見ると、徳川三代家光が鷹狩りで当地を訪れた時、切り株に腰掛けて休憩した。その時傍にあった祠に大願成就をしたという。その祠が腰掛稲荷の前身ということらしい。

場所  文京区目白台3丁目26-1

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