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2020年10月 1日 (木)

長命寺の庚申塔(板橋区東山町)

環状七号線と国道254号川越街道が交差する板橋中央陸橋の角に長命寺がある。真言宗豊山派、東光山医王院長命寺が正式名称。江戸時代初期の1650年頃の創建とされている。江戸時代の川越街道は、旧道の下頭(げとう)橋から長命寺坂を登り、この寺に至っていた。下頭橋一帯は昭和初期に関東大震災後の西への移住が始まるまでは水田が広がっていた。

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環七と川越街道に随分と境内を奪われて狭くなった長命寺だが、階段を上って境内に至るアプローチは往年の下頭橋からの長命寺坂の名残りと言えるだろう。長命寺が台地の際にある理由のひとつとして、ここは室町時代から「お東山」と呼ばれ、地方豪族である板橋氏の居城があったという説がある。

階段を上り詰めると正面方向に本堂があり、右手に墓所が広がっている。この墓所の入口や本堂前に沢山の石仏が祀られていて、すべてを紹介するにはいささか多すぎる。

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今回は庚申塔を中心にしたい。上の写真の右の丸彫地蔵菩薩像は土台に三猿が描かれており、さて庚申塔かと調べてみたが地蔵には何も書かれていない。板橋区の資料では単純に年銘不詳の地蔵とだけある。いろいろ調べてみたが判らない。他の庚申塔の台石に地蔵を載せたものの可能性も高い。しかし左側の笠付角柱型の石仏は庚申塔である。造立年は元文元年(1736)10月。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿が描かれており、青面金剛像の右には「奉造立青面金剛供養塔」とある。また左面には「上板橋村台宿 講中廿二人」と記されている。

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その脇にも笠付角柱型の庚申塔が並ぶ。擬宝珠の残った上の写真の右の庚申塔は享保3年(1718)11月の造立。日月、青面金剛像、二鶏、邪鬼が描かれ、台石には三猿がいる。村銘などはないが、7人の願主名がある。左側の庚申塔は享保12年(1727)の造立。こちらには「上板橋邨  講中七人」の銘がある。

台宿というのは長命寺から北西の旧川越街道に沿った地域の古い地名。長命寺から西の川越街道は新道もほぼ旧道にそって作られているので、概ね長命寺から200mほどの区間にあたる。

場所  板橋区東山町48-5

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